大阪地方裁判所 昭和23年(ワ)709号 判決
原告 小林順蔵
被告 土佐登美子
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し大阪市南区玉屋町四十七番地上に仮建築したる木造板葺平家建家屋約二十四坪一戸を收去してその敷地を明渡し、且つ昭和二十二年七月一日より右明渡済に至る迄一ケ月金三十六円の割合に依る金員を支拂え、訴訟費用は被告の負担とする」との判決と担保を條件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
原告は元大阪市西区立賣堀に住宅及び店舗を構え相当手廣く帽帶原料商を営んでいたが昭和二十年三月十四日の空襲で燒失したので右営業を復活する爲適当な敷地を物色していたところ、昭和二十一年五月頃訴外梅国三雄の紹介に依り本件大阪市南区玉屋町四十七番地同四十八番地同四十九番地の合計二百三十五坪の宅地が賣物に出ていることを知り、同人の仲介で同年六月五日右三筆の宅地を所有者奥田銀藏から代金二万八千二百円で買受け同年十月十日之が所有権移轉登記を完了し其の引渡を受けた。
そこで原告は其の後百方奔走して資材並に大工手傳等の準備を整えいよいよ建築に着手する爲昭和二十三年三月中旬頃現場に赴いたところ、意外にも右宅地の内道路に面する東南角四十七番地上に昭和二十二年七月頃から被告が原告に無断で仮設木造板葺平家建家屋約二十四坪を建てていることを発見した。
よつて原告は被告に対し再三右建物を收去の上その敷地を明渡す様交渉したが埒が明かないので本訴に及んだもので、尚原告は被告の右土地の不法占拠により一ケ月一坪に付金一円五十銭の割合(二十四坪にて合計金三十六円)に依る賃料相当額の損害を蒙つているから被告占拠後の昭和二十二年七月一日から明渡済に至る迄右の割合に依る損害金の支拂を併せて請求する。と述べ、
被告の主張を否認し、
仮に被告がその主張の日にその如く訴外奥田銀藏から本件土地を賃借したとするも原告買受当時本件地上には何等の建物も無く從つて建物保護に関する法律が適用される余地なく且つ被告主張の賃貸借は罹災都市借地借家臨時処理法第十條に所謂「罹災建物が滅失した当時から引続き賃借権を有する場合」というにも該当しないから右賃貸借は原告に対抗し得ない。尚仮りに被告が本件地上に存せし罹災建物の借主であつたとしても前記臨時処理法施行当時の本件土地の所有者たる原告に対し同法第二條所定の賃借の申出を爲さなかつたから最早原告に対して何等の権利をも主張し得るものではないと述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、本件土地に付原告主張の日時訴外奥田銀藏より原告に所有権移轉登記が爲されたこと及び本件土地上に被告所有の木造板葺平家建家屋が存することは認めるが其の余の原告主張の事実は爭う。
被告は元大阪市南区坂町四十三番地に店舗を構え普通飲食店を営んでいたが昭和十九年九月十七日建物疎開の爲取壞されたので、それ以來本件地上に在つた木造瓦葺二階建家屋をその所有者奥田銀藏より敷金千五百円を差入れ家賃一ケ月金百十五円の約束で借受け居住していた。ところが右家屋は空襲により焼失したので被告は昭和二十一年一月その敷地の所有者奥田銀藏に対し土地の賃借方を申入れ同人との間に本件土地及び隣接土地を併せて百坪を坪一ケ月金五十銭と定め罹災前家屋借受の爲に差入れていた敷金千五百円を土地借受の敷金に肩替りすることとして賃貸借契約を締結した。よつて被告は早速同年二月五日建築許可を受け同年二月中旬頃から地ならしを施し木組を作つて建築準備に取掛つたが資金の関係で建築が遅れ翌昭和二十二年二月三日上棟式を爲し同年三月末に完成したのである。以上の次第で昭和二十一年二月以後は誰が見ても本件土地に建築を爲さんとしていることは判つた筈であり、然も原告は本件土地に付被告が賃借権を有することを知りながら且つ之を容認して買受けたのであつて、このことは畢竟斯る負担付の土地所有権を取得して前主の有した賃貸人たる地位を承継するに付前主奥田との間に合意があつたものと謂うべきであるから、被告の賃借権は仮令登記なく又完成した建物がなくとも原告に対抗し得べきものである。と述べた。<立証省略>
三、理 由
本件土地(大阪市南区玉屋町四十七番地)に付昭和二十一年十月十日訴外奥田銀藏から原告に所有権移轉登記が爲されたこと、及び本件土地上に被告所有の木造板葺平家建家屋一棟建坪約二十四坪が建てられていることは当事者間に爭いなく、而して成立に爭いない甲第一号証と原告本人訊問の結果に依れば原告が本件土地及び同町四十八番地四十九番地の土地を奥田銀藏から買受けたのは昭和二十一年六月一日であることが明かであり、又証人石谷種次郎の証言に依り眞正に成立したものと認め得る乙第三号証と同証人の証言並に被告本人訊問の結果に依れば被告が右地上に前記建物を建築したのは昭和二十二年二月であることが明かである。
原告は被告が本件地上に前記建物を建築したのは原告に対して主張し得べき何等の権限なくして爲された旨主張し被告は正権限ある旨主張するので此の点を檢討するに、成立に爭いのない乙第一号証と証人奥田來次郎の証言に依り眞正に成立したものと認め得る乙第二号証並に前記乙第三号証及び証人奥田來次郎田中文治郎石谷種次郎山下久治郎梅国三雄の証言並に被告本人原告本人訊問の結果を綜合すれば、(イ)本件土地上には元訴外奥田銀藏所有の木造瓦葺二階建家屋一棟が存在し昭和十九年九月末頃から被告が之を訴外奥田から敷金千五百円を差入れ賃料一ケ月金百十五円の約束で賃借していたが該家屋は昭和二十年三月の空襲で焼失したこと、(ロ)其の後訴外奥田は本件土地及び隣接の四十八番地四十九番地の土地を他に賣却せんとし同人の姉婿に当る奥田來次郎から知人田中文治郎に田中から更に梅国三雄に賣却方を依頼していたこと、(ハ)ところが其の後間もなく昭和二十一年一月頃元の罹災建物の賃借人たる被告が右奥田來次郎に対し該罹災建物の敷地たる本件土地及びその隣接地を建物建築の目的で賃借方を申入れたので來次郎は之を承諾し本件土地を含む約二百坪を賃料は一ケ月坪当り金五十銭と定めて賃貸することとなり、被告は直ちに所轄官廳に建築許可申請を爲し昭和二十一年二月五日其の許可を得、次いで同年三月初頃石谷種次郎に建築敷地の地ならし及び建築工事を請負わせ、石谷は直ちに地ならしを爲した上繩張りをして立札を立て且つ自己の仕事場で材木の切組に着手したこと、(二)一方奥田來次郎は前記田中文治郎に対して本件土地等を被告に賃貸した旨を傳え田中より更に梅国にその旨を傳えて置いたが、同年六月一日梅国の仲介に依り原告が此の土地を買受け同年十月十日之が所有権移轉登記をしたこと、(ホ)被告は前記石谷に建築を請負わせたものの資金の調達が思う様でなかつた爲材木の切組を完了したまま暫く建てずに置き昭和二十二年二月に至つて漸く棟上を爲し同年三月に完成したこと等を認めることが出來る(被告本人は罹災建物の外その敷地も賃借していた旨供述しているが此の点に関する被告の供述は措信しない)。
即ち以上認定したところに依れば、被告は本件地上に在つた罹災建物の借主であつたこと、昭和二十一年一月頃被告と土地所有者奥田との間に建物建築を目的として本件土地を含む約二百坪に付賃貸借契約が成立したこと、其の後被告が未だ建築をしない前に同年六月一日原告は所有者奥田から此の土地を買受け同年十月十日所有権移轉登記を了し、其の後昭和二十二年二月になつて被告が本件地上に建物を建築したことが明かである。
而して昭和二十一年九月十五日から施行された罹災都市借地借家臨時処理法第二條に依れば、罹災建物が滅失した当時に於ける其の建物の借主はその建物の敷地に借地権の存しない場合にはその土地の所有者に対し建物所有の目的で賃借の申出をすることによつて他の者に優先して相当な借地條件でその土地を賃借することが出來るのであつて、土地所有者は右の申出を受けた日から三週間以内に拒絶の意思を表示しないときはその期間満了の時その申出を承諾したものと看做されるのであるが、原告が本件土地を含む二百三十五坪を元所有者奥田銀藏から買受けたのは昭和二十一年六月一日であるにしても、その所有権移轉登記を完了したのは同年十月十日であること前記認定の通りであるから、原告が被告に対して所有権を対抗し得るのは右対抗要件を具備した昭和二十一年十月十日以後であり、それ以前即ち右臨時処理法が施行された日の昭和二十一年九月十五日から同年十月九日迄の間はやはり奥田銀藏が本件土地の所有者と看做される訳である。然も曩に認定の如く奥田銀藏と被告との間には本件土地を含む二百坪に付既に昭和二十一年一月建物所有を目的として賃貸借契約が締結されたのであるから臨時処理法施行に依つて更に改めて賃借の申出を爲し所有者たる奥田からその承諾を得る必要はなく、罹災建物の敷地たる本件土地に関する限り処理法施行に依つて曩に締結された賃貸借は当然処理法に規定された要件を具備したものとして賃貸権の保護を受くべきものと解する。
而して処理法第二條に所謂「他の者に優先して」というのは、同條に依つて設定された賃借権は自ら対抗要件を備えなくてもその土地に付既に設定せられ又は將來設定せられるべき「対抗力を備えた賃借権」地上権抵当権所有権等に対抗することが出來る旨を規定したものと解すべく、斯の如く同條に依つて設定せられた賃借権が対抗要件を備えずして他のものに優先して対抗力を有するものと解すべき理由は、処理法に依つて土地所有者は半ば強制的に賃借の申出を承諾せねばならぬ義務を課せられたのであるから土地所有者が積極的に賃借権の設定登記を爲すことは望めないし、又仮令土地所有者が賃借の申出に承諾を與えたとしても賃借権の登記を爲すべき義務がある訳ではないから借主は土地所有者に対して賃借権設定の登記を請求し得る権利なく、從つて借主は自ら該地上に建物を建築し其の登記を爲して建物保護法に依り対抗力を備える以外に方法がない。然もそれ以前に土地所有者が他に賃貸して対抗要件を具備せしめたり或は他に土地を賣却して移轉登記をして了えば容易に本條に依つて設定せられた賃借権を覆えすことが出來る結果となり、斯くては本條の趣旨は滅却せられて了うからである。
以上縷述した所に從えば、本件土地及び隣接地について昭和二十一年一月被告と元所有者奥田銀藏との間に締結せられた賃貸借は、「罹災建物の敷地たる本件土地に関する限りに於ては」昭和二十一年九月十五日罹災都市借地借家臨時処理法の施行に依つて当時依然同土地の所有者であつた奥田銀藏との間に同法第二條に規定せられた要件を具備せる賃貸借としての効力を生じ、以後仮令被告が本件地上に建物を完成して登記を爲すとか又は賃借権の登記をする等対抗要件を具備する方法を講じなかつたとしても、それより後に於て本件土地を奥田から買受けて所有者となつた原告に対しては該賃借権を対抗し得べきものである。
被告は、本件土地に付被告が賃借権を有することを原告は知りながら買受けたものでつまり原告は前主の有する賃貸人たる地位を承継するに付奥田と合意があつたのであるから被告の賃借権を原告に対抗し得ると主張するのであるが、斯る被告の主張事実を認めるに足る証拠はない。然しながら被告の主張は結局被告が本件地上に正権原を有することを主張するものに外ならず、而して被告が本件地上に建物を所有すべき正権原を有することは前述の通りであるから原告の請求は失当と謂わねばならない。
よつて原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九條を適用し、主文の通り判決する。
(裁判官 石沢三千雄)